今日は記念日だ。とは言っても、ケーキも七面鳥も無いのでいつもと変わらない缶詰を並べて水で乾杯だ。いや、献杯かな?
 空はただただ青く澄み渡り、あの日までこの町の空を牛耳っていた戦闘機はもう記憶の中だけの存在になった。今は雲だけがぼんやりとそこに浮かんでいる。
 何かBGMが欲しくなって床に散乱したCDを手に取るも、適当な曲が見つからず断念。ジョーィ・ディマイオ閣下には申し訳ないが、流石に今日という日に筋肉系メタルはマズイだろう。せめて記念日繋がりでメロン記念日で。良いよね、メロン記念日。ハロプロ系ユニットでメンバーチェンジが無かったのって彼女たちだけじゃない?まぁ、僕が物心付いた時には無くなってたけどね。
 そう言えば、空はいつの間にか元通りにってたけど、海はどうなってるんだろう?脈絡も無く、ふと気になった。数年前に見に行った時は相変わらず赤っていうか、橙色してたけどね。
 今暮してる所から海まではちょっと距離があるし、用も無いんで最近は見に行ってなかったけど、でもまぁ、良い機会だし見に行ってみるかな。





「あかっ!」

 第一声がそれ。目の前に広がる赤い水平線。青い空、白い雲、赤い海の毒々しいコントラスト。おおよそ爽やかさとか、涼しさといった海の持つパブリックイメージからはかけ離れたアバンギャルドな景色はあの悪夢のような笑い話の名残。この毒々しさならダゴンとか棲んでても納得してしまいそうだ。ガラス玉とか持ってくれば良かった。

「キモチワルイ、か……、ホントそうだよね」

 彼女のその最後の台詞は今でも耳から離れないでいる。それの向けられた先は果たして何だったのか。色々と想像を巡らせる事は出来るけれど、その答えが出ることは永久に無いだろう。唯一答えを知る彼女はもう居ないのだから。
 チョイノリを止めて砂浜に下り、辺りをぐるりと見渡せば、探すまでも無く目的のものは直ぐに見つかった。それはただの拾ってきた看板であり、そしてそれは彼女、世界の墓標。雨曝しにされてだいぶ傷んだその看板には赤いゴシック体でこう書かれている。

『右折禁止』

「ワハハハハハハハハッ!」

 我が事ながらこのナイスなセンスには感服仕る。何となく、彼女の消えたコノ場所に目印になる物を置いておこうと探してみたところ、丁度良い具合に転がってたのがコレだったんだよねぇ。お叱り、文句は御影石の採石方法と加工方法を学習指導要項に加えなかった文部省へヨロシク。

「それにしても――」

 一頻り笑ったらする事が無くなった。特に何か目的があったワケではなかったっていうか、来る事自体が目的だったので誰も居ない砂浜で一人ぼーっとする事に。まぁ、毎日大半の時間はぼーっとしてるんだけどね。
 大の字に寝転がると太陽が真上に浮かんでいた。しばらくすると降り注ぐ日差しと、その熱を吸収した砂の挟み撃ちに次第に汗が噴出してきた。海に入ればさっぱりしそうなものだけど、当方、生憎とアノ海に元気良くダイブする気にはなれない。元気無くダイブももちろん出来ない。

「寝るか……」

 目を閉じて耳を澄ませば、聴こえてくるのは波の音と風の音だけ。絶好の海水浴日和の今日、浜辺には僕以外の人影は無く、空には海鳥の姿は無く、岩場には蟹もフナ虫させえも見当たらない。気のせいでなく、勘違いでなく、夢でもなく、この世界に生きるイキモノは僕一人だった。多分ね。
 もしかしたら、地球の裏側には誰か居るかも知れない。でも残念な事に僕には地球の裏側に行く術が無い、仮にサントス(仮名)が生きていたとしても会う事は不可能だ。つまり、それは存在しないのと同じ事なんだよね。
 僕は宇宙人も、幽霊も、ツチノコも、イエティも、モスマンも、シーサーペントも、ネッシーも、チュパカブラも、ビッグフットも、ヒバゴンも、カバゴンも、モノスも、ジャノも、マスターアップが告知されていないエロゲも、存在を否定はしないけど、自分の目で確認するまで、もしくは存在が一般化するまでは認めないぞ、と言ったスタンスです。って、まぁ、そんな事はどーでもイイか。
 今日は記念日だ。この味がいいね、なんて台詞は誰も言っていないけど今日は記念日だ。
 6年前の今日、人類は海に還り、僕は一人ココに残った。




D

ear Feeling

act.1 使途、襲来






 ――ッゴオォォオオォン

「うえぁ!?」

 突然の爆音と衝撃に驚き目を開く。世界が回っていた。<豪快に回転していた。否、回っていたのは僕の方だった。そうれはもう豪快に、いつもより余計に回っていた。

「あれ?あれ?あれれぇ?」
「口閉じて、舌噛むわよっ!」

 ワケが分らず『?』を連発していた所で、隣から聞こえて来た懐かしい声が混乱に拍車をかける。
 やがて車は逆さまのまま、天井を擦りながら瓦礫にぶつかって止まった。って、おい、車ってなにさ?

「っつうぅ〜…………」

 隣の座席で、やはり逆さまのまま頭を抑えて悶絶する彼女はダレ? なんだかとっても見覚えのある顔で、聞き覚えのある声で、おまけに気のせいかこのシチュエーションにも覚えがあるんですけどね。
 ってか、頭イテぇ。

「ったく、あーもう!――あ、シンジ君大丈夫?」

 なんか心配されてるんですけど何が大丈夫?頭ですか?頭ですね? だったらチョトヤヴァイっぽい?
 背中に感じる座席の感触、傍らから聞こえる恨みがましい悪態、ぶつけたオデコに感じる鈍痛。幻覚? 幻聴? 幻痛? 変なクスリに手を出した憶えは無い無いんだけどなぁ。

「シンジ君?どっか怪我でもしたの!?」
「アハハ……、脳ミソが非常事態っぽいです」





 なんだかなぁ……。混乱から醒めてみると驚くより呆れてきましたよ、オイ。

「久しぶりだな、シンジ」
「そだね」

 6年ぶり――相手にとっては3年ぶりだけど――に見た父さんは、記憶に違わずむさ苦しい髭面。不遜な笑みを口の端に乗せて僕を見下ろすその姿は記憶の中にある映像と寸分違わぬ物。だけど、僕はもう、あの時感じたような威圧感も劣等感も感じない。って言うか、背伸びして大人ぶる中学生みたいでいっそ微笑ましくもある。いや、あんな中学生居たら犯罪だけどね。

「出撃」

 このコミュニケーション不全っぷり。仮にも世界の平和を守る組織の人間なのに、こんな社会不適合者な振る舞いが許されるのだろうか? それともだからこそ、こんな組織のトップに納まったのか?
 でもって、そんな父さんの脈絡の無い言葉で騒がしくなる周りの人々。ま、主に騒がしいのはミサトさんだけど。しかし、あの一言で動けるなんて、予め段取りを組んでいたとしか思えない、っつーか、組んでたんだろうなぁ。

「葛城一尉、今は使徒撃退が最優先事項よ」

 ミサトさんは悔しそうに唇を噛みしめる。話を聞いていなかったので良く分からないが、どうやらミサトさんは素人を乗せる事に異議を唱えていたらしい。
 そんな様子を眺めながら僕は――

「シンジ君……、暢気にアクビしてる場合じゃないのよ」
「いやぁ、なんか暇だったんで。で?いったい僕にどんな用があるんですか」

 今までの話を聞いていれば、事情を知らない人間でも大方の予想はつくものだが、あえて、業とらしく全然知らない風を装って質問する。そんな僕の態度にリツコさんは僅かに眉間に皺を寄せるも、それも一瞬の事で極淡々と説明を始める。

「コレは汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン。貴方がここに来る途中で見た、私達が使途と呼んでいる怪物に唯一対抗できる人類の切り札よ」

 水面から頭だけ突き出した初号機をバックに、予め台詞を準備していたかの様にリツコさんは朗々と喋る。
 ミサトさんの方を見てみると、彼女は申し訳なさそうに力なく項垂れていた。一瞬チラリと視線が合ったが直ぐに逸らされる。

「貴方にはこれのパイロットとして、使途と戦ってもらいたいの」

 何の感情も滲ませない口調で、リツコさんは告げた。

「お願い、シンジ君。貴方にしかできない事なの」

 相変わらず視線は逸らしたまま、ミサトさんも言う。父さんは何も言わず、無表情にこちらを見下ろしていたが、その視線は僕にではなくその先の初号機に向けられている用に感じた。
 うーむ、この状況はどうしたものか? 夢か幻か、6年前のあの日がそっくりそのまま再現されているぢゃありませんか。これは前に本で読んだ、自覚夢とか明晰夢とかLucid Dreamとか呼ばれてるやつなんだろうか? 明確な意思を持ったまま深層意識とのコンタクトを図り、潜在意識層での自己との対面、また共通の潜在意識『アカシック・レコード』との接触により無限の知識と体験を得ることが出来るとかなんとか……。実に胡散臭い話である。また、自覚夢を見ている最中に体を揺すられると非常に高い確率で幽体離脱をするらしい……。ますます胡散臭い話である。
 まぁいい、これが夢だろうが幻だろうがしばらく付き合ってやろうじゃないか。自慢じゃないけど僕は暇なのだ。
 とすると、僕はここでYES or NOを選択しなくちゃいけないワケなんだけど、さて如何するべきか?前は何だかどさくさ紛れに何となく流されて乗っちゃったんだよなぁ。世の鉄則として2週目は前回と違う選択肢を選ばないといけないワケで、そうしないとCGがコンプリートできないワケで。

「と、言う訳で乗りません」





 青い髪、赤い瞳、白過ぎる肌を持つ少女が苦しそうに喘いでいた。綾波レイだ。グルグルと全身これでもかと巻かれた包帯には所々血が滲んでいる。苦しげな荒い息は食いしばった歯の隙間から漏れ、それは悲壮感となって周囲に立ち込める。

「レイ、予備が使えなくなった、もう一度だ」
「はい……」

 ボロボロの体に鞭打って、必死に起き上がろうとする少女とそれを無言で見つめる周囲の大人たち。白衣を着た胡散臭い男も、その隣に立つ看護婦らしき女性も、ミサトさんも、リツコさんも、誰も彼女に手を貸すものは居ない。それはショーだった。酷く健気で、甚く滑稽な見世物だ。少女は主演女優であり、道化であり、芸を仕込まれた畜生だった。

「シンジ君、貴方今の状況分かってるの?」
「つまり、怪獣が来たから僕が生贄になって鎮めて来いって言ってるんでしょ? イヤですよ、そんなの」

 だいたいにして古来より怪獣を鎮めるのは『乙女』の役回りでしょうに。おお、そう考えると綾波ってば適任じゃないか。ミサトさんやリツコさんだと歳いき過ぎちゃってるし、まぁ、マヤさんならギリギリOKってところかな?

「生贄か……、確かにそうね、言い訳はしないわ。でも他に手段が無い以上仕方が無いのよ」
「っは、仕方がない?だったらここで死ぬのも仕方が無いって事で諦めてくださいよ」
「本当なら私がEVAに乗って出撃したいわ。でも無理なのよ、私にはEVAは動かせない……」

 初号機の中には僕の母さんが居る。結局、EVAを動かす為の資格ってのはそういう事なんだろう。アスカが良く『選ばれた』って言葉を使ってたけど、ある意味そうでもあり、またそれは仕組まれた事でもあったんだろう。

「もう一度言うわ。シンジ君、EVAに載りなさい」
「嫌だね。僕はピエロにはなりたくない」

 僕が不様にもがく姿を、何処かで嘲っていた奴等が居たってのを思うと腸煮え繰り返る思いだ。例え今が夢でも妄想でも、もうそんな奴等の思惑には絶対に乗ってやらない。今度は僕が笑う番だ。

「葛城一尉、もうソレにかまう必要は無い。君は持ち場に就きたまえ」

 自分の息子に向かって『ソレ』呼ばわりは無いだろう。そんなんだから嫁に逃げられるんだ。

「はっ、了解しました」

 ミサトさんは一瞬だけチラリと僕の目を見たけど、それだけで何も言わずにケイジから出て行った。ちょっと意外だ。

「臆病者はこの場に必要ない。目障りだ、帰れ」

 一々癇に障る言い方をする人だな、この人絶対友達居ないぞ。ま、僕も居ないけどさ。
 あぁ、こんな形で発露する血の繋がりが実に情けない。

「はいはい、言われなくたって帰るよ」

 そう言って踵を返した途端――
 ウォオオオォォォオオオォォォオオオオン
 突然、誰も乗っていない筈の初号機が吼える。そして拘束具を引き千切ると、その大きな手で僕を引っ掴み、そして――
 ゴックン――と、僕を飲み込んだ。





 気がつくと暗闇の中にいた。周りを見渡しても何も見えないが、どうやらEVAの胃の中ではないみたいなので一安心。
 しかし、アレだね。前にあの縞々模様の使途に飲み込まれた事があった。ジオフロントに使途が進行した時には初号機の中に飲み込まれた事もあった。それから、ワケも分からず良く周りの状況に呑まれてたなぁ。どうにも飲まれやすい男の子碇シンジです、どうぞよろしく。

「だが、ニッポンじゃぁ二番目だ」
「誰だっ!?」

 暗闇の中突然聞こえてきた声に驚きの声を上げると、突然後ろから伸びてきた細い二本の腕が僕の首に絡まった。

「私は青春の幻影。若者にしか見えない時の流れの中を旅する女」
「いや、普通に意味わかんないから」

 どう突っ込んで良いのか検討もつきません。

「メーテルという名の鉄郎の思い出の中に残れば、それでいい。私はそれでいい」

 手の細さや声なんかから考えるにどうやらこの人物は女の子らしい。<察するに前回とは違う選択肢を選んだので、新しいルートに入ったっぽい。ああ、ルートってのは食道のことぢゃじゃないですよ?
 まぁそれはそうと、今一つ分かった事がある。この手の持ち主は馬鹿だという事だ。まだ二・三言しか話していないが僕のゴーストが囁いている。

「あれ、無視?」
「って言うか、おたく何者?」
「だから言ったじゃない、私は青春の――」
「それはもう良いから」




※注釈、または解説っぽい言い訳

ジョーィ・ディマイオ閣下:世界最狂のヘヴィメタルバンドMANOWARのリーダー。「アンプリファイヤーのボリュームを下げるぐらいなら、死を選ぶ!」「偽物のメタルに死を!」等の名言に加え、レコード会社との契約書に血でサインをした等伝説は数知れず。ファンは畏敬の念を持って彼を閣下と呼び称える。ベースで超絶早弾きソロをやってのけるという奇特なお方。HAIL!

メロン記念日:「第2回モーニング娘。and平家みちよ妹分オーディション」で約4000人の中から選ばれた4人組らしい。メンバーチェンジの激しいハロプロ系ユニットにおいて、まだ(2003年11月現在)一度も入れ替えの無い希有なユニットらしい。正直あまり売れてないらしい。らしい、らしいと言っているのは筆者が名前しか知らないから。

ダゴン:古代ペリシテ人が崇拝した海の神で、名前の由来はヘブライ語のダグ(魚)とアオン(偶像)。ご多分に漏れずミルトンの失楽園では悪魔として扱われております。台詞ではクトゥルフ神話に出てくる方のダゴンを指しています。奥さんはヒュドラさん。

ガラス玉:ダゴンの眷属、深きものども(Deep Ones)との混血であるカナカイ族と取引ができるそうです。

ツチノコも〜:世界のUMA達です。全部知ってる貴方は変です、おかしいです、絶対ヤバイです。筆者はネットで名前を調べただけで、詳しい伝承云々は全く知りません。

マスターアップが告知されていないエロゲ:発売日が告知されたぐらいで安心してはいけません。っちゅか、もう最初の告知なんて信用する人いないだろうな。内情を聞くと色々な事情があるらしいけど、ライターが逃げようがなんだろうが、ユーザーには知ったこっちゃねぇですよ。まぁ、エロゲに限った話ではないのですが。

アカシック・レコード:「アーカーシャ」「光る水」「マーキュリーの水」とも呼ばれる宇宙開闢から現在までの事象が、個人の記憶、体験、思考に至るまで全て記録されている高次元な意識世界にある霊的なデータバンク。嘘か真かフロイト等の大預言者達はこれにアクセスする事が可能だったらしい。

だが、ニッポンじゃぁ二番目だ:伝説のスーパーヒーロー、快傑ズバットの決め台詞の一つ。『全てにおいて日本一の腕前を持つ、ビックリするほどキザなさすらいの私立探偵』という凄い設定の主人公早川健が、親友飛鳥五郎の敵を討つ為に犯罪組織と戦い続けるというお話。なんかスパシンに通じるものがあると思うのですが…。

私は青春の幻影〜:銀河鉄道999の最終回にて、鉄郎との別れ際にメーテルが言った台詞。ネタに使っておいてなんですが、筆者は世代的に松本零ニ作品に余り縁が無かったので、999もヤマトもキチンと作品を見た事がありません。DAFTPUNKのプロモは正直笑いました。

メーテルという名の〜:同上

ゴーストが囁いている:攻殻機動隊にて使われた台詞で、意訳すれば『オレの野生の感がそう言ってるんだぜ』とかそんな感じだと思う、多分。

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