「君は初号機の魂が具現化したモノだって?」
「なんていきなり言っても信じて貰えるとは思ってないわ。だから――」
 証拠を見せる、そう言い残して彼女は僕の目の前から忽然と消えた。
 消える寸前、愉しそうに細められた彼女の瞳は確かに赤かった。
 そして目覚めた紫の巨人は咆哮する。
 それは愉悦の叫び。
 それは歓喜の喘ぎ。
 それは始まりを告げるファンファーレ。


 よいしょ、どっこらしょってな掛け声がお似合いな感じで、初号機はリニアカタパルトの縦穴をえっちらおっちらよじ登っていた。昔アスカも言ってたけど、凄ーくカッコワリィね、コレ。とてもじゃないけどヒーローの登場シーンにゃ見えないよ。

「もっとスマートな登場の仕方はできないもんかね?」
『仕方ないでしょ。さっき動いた時リフトぶっ壊しちゃったんだから』

 いつの間にやら座らせられていたエントリープラグ内のシートの上でどこへ向けるでもなくぼやくと、姿の見えない相手から頭の中に直接返事が返ってきた。

『それよりももっと由々しき問題があるのよ』
「どうせくだらない事だろうけど、一応聞くだけ聞いてあげるよ。言ってみなさい」
『カッコいい決め技が思いつかないわ』
「あっそ」

 予想通り、いや予想以上にくだらねぇー。

ロメロスペシャルとかどうかしら』
「あんなもの実戦じゃ不可能っつーか、ある意味であの技って愛と友情のツープラトンぢゃん。しかも決まっても使途にダメージ無さそうだし」
リバース・ロメロでも駄目?』
「そっちの方が更に無意味って言うか、それは返し技だろ」
『じゃぁ一体どうしろって言うのよ!』
「フツーに戦え」

 決め技とかそんな演出要らんから。

『だったら膝十字固めとかはどう?』
「急に地味だな、オイ」

 いや、地味とか派手とか関係無いんだけどさ、コアを破壊しないと倒せない使途相手に関節決めてどうしようって言うの? それに相手は光の槍とかビーム光線とか使ってくるんだぞ? それに対抗する技が膝十地固めって……。

「ああ、くだらない事言ってる内にもう直ぐ地上だよ」
『っちぃ、仕方ないわね。今日は簡単に済ませましょう』

 地上に出るや否や、初号機は真っ直ぐ使途に向かって走りだす。使途の放つ光線も、槍も、何をするでもなく無造作にATフィールドで弾き飛ばし、そしてコアにナイフを突き立てる。だだそれだけ。
 それは戦いと呼べるような物ではなく、あまりにも呆気ない一瞬の出来事だった。

『フランケンシュタイナーでもやってやろうと思ってたのに』

 首が無かったわ……。
 吹き上がる炎の柱を背に、彼女はつまらなそうにそう呟いた。


D

ear Feeling

act.2 見知らぬ天井




 ベッドに横になって一息つく。
 あの後エントリープラグから引っ張り出された僕は、なにやら大慌てのリツコさんたちに検査だの何だのをされ、異常は無かったのだけど念のためにと病室に放り込まれて現在に至る。どうやら先程の戦闘中は初号機との通信は全部遮断されていたらしく、発令所はそれはもう騒然としていたそうな。
 暴走にはビックリしたけど、とにかくシンジ君がEVAのウンコにならなくて安心したわー、とは葛城ミサト女史の言。

「……寝るか」

 今日は色々疲れたよ。

「じゃあ電気消すわね」
「うん、分かった」

 部屋は暗闇と静寂に包まれる。目が慣れていない所為か視界は漆黒に覆われ、自分の掌さえも見えない。あの世界の夜は満天の星空が世界を覆い、僕は名前も知らない星星を地べたに寝転がって見上げていた。何を思うでもなく、その光の先に何かを見るでもなく、ただ、ぼんやりと。

「もう少し端に寄って、落ちる」
「はいよ」

 誰かの体が、柔らかに僕を押す。僕は言われたとおりに体をずらしてスペースを――

「ってチョット待てーい」

 慌ててベッドから降り、消したばかりの電灯をもう一度点け直す。明るくなった部屋の中、ライトに焼かれチカチカと明滅する視線を自分が居たベッドに向けると、今まで僕が寝ていた場所の隣で見知らぬ女の子がシーツに包まっていた。

 裸で……。

「……ねぇ、何処からツッコんだら良い?」
「前でも後ろでも貴方が好きな方で。でもツッコむ前にキチンと前戯してね?」

 待ってましたとばかりに、嬉々としてそんな答えが返ってきた。
 聞いた僕が悪かったよ

「ついでになんか凄い聞いて欲しそうだから、本当は触れるの嫌だけど聞いてあげるよ。何で裸なの?」
「そんなの決まってるじゃない、女の子の口から何を言わせたいのよ」

 頬を染め「っきゃぁ」とか言ってシーツに顔を半分隠してみたりする、そういう芸の細かい部分が余計にムカツク。

「帰れ」
「冷たいわね。おまけにノリも悪いし」
「関わるなって、僕のゴーストが囁くどころではなく叫びまくっておりますので」





 ベッドの上で二人、胡坐をかいて向き合う。僕としては―外形的には―女の子なんだから、正座とは言わないけどもう一寸気を使った座り方をして欲しい。
 っつーか、パンツ履け。

「という訳で、サードインパクトの依り代となった初号機は全ての人間の魂をその身に取り込み『完全』な人間となったのよ」
「何が『と、言うわけ』なのか知らないけど、結局サードインパクトってのは何をしたかったの?」
「人間の心はとても脆弱だわ。とても痛がりで、寂しがりやで、身勝手で、そして残酷。だからある人達は思ったの、そんな心は捨ててしまえって」
「なんて乱暴な」

 彼女の話によると、その人達はずっと長い間人間という生き物を見続けてきた人々で、このままではそう遠くない未来に人の歴史が終わってしまうと危惧していたらしい。で、そんな時に見つけたのが、彼らが裏死海文書と呼ぶ言わばサードインパクトの解説書だった。
 サードインパクトとは要約すると何もかもを曖昧にするための儀式だそうで、個の認識を曖昧にする事で人々の欠けた心の隙間を埋めるんだとか。
 うーん、良く分からん。

「でもそれは失敗に終わった。最後の最後で貴方が拒んだから。そして貴方は弾かれ、儀式は中途半端に終わった」
「じゃぁ君は僕以外の人たちの魂を宿した初号機って事?」
「正確には貴方と、惣流・アスカ・ラングレーと以外の魂よ」

 うーん、分かるような分からんような。

「一つ聞きたいんだけどさ、僕が皆と一つになるのを拒んだから弾かれたってのは分かるとして、アスカはどうなの?」

 彼女も補完から取り残され、僕と一緒にあの砂浜に居たのは何故だろう?
 まぁ、結局直ぐにLCLになって消えちゃったんだけど……。

「あの人はね、碇シンジと一つになるなんて死んでもイヤだったのよ
「あはははは、左様で御座いますか」

 散々酷いことしておいてアレだけど、そこまで嫌われてるなんて。
 へこむなぁ……。

「ま、根性で補完から抜け出したけれど、完全な形で魂を再構成出来ずに消えてしまった様だけどね」

 アスカ、改めて君を尊敬するよ。





「そんなこんなで、君の正体は何となく分かった様な気がしないでもないんだけどさ、で、君が僕に付き纏う理由ってのは何なのさ?」
「私と貴方とはね、繋がっているの」
「どういう意味?」
「貴方、サードインパクトの時に拒んで置きながらも、実はチョット未練があったでしょ?」
「えぇー、知らないよ?」

 まぁ、アソコって凄く居心地良かったから、実はちょっと勿体無いなぁとか思ってた事も無きにしも非ずだけどさぁ。
 戻ったら世界に独りぼっちだったし。

「それが理由で貴方は補完の輪から外れながらも、魂の深い所では繋がったままなのよ。惣流・アスカ・ラングレーの様に消滅しなかったのもだからこそなの」

 潔さが仇となったのか、アスカ。優柔不断万歳。

「だから今でも貴方は今でも補完の、いいえ、私の『核』なのよ、スイミーなのよ、僕が目になろうなのよ」
「ってことはアレかい?もし僕が死んだりすると、あの不完全なサードインパクトは全部オジャンになって君も消えるって事?」

 僕の言葉に彼女は深く頷いた。

「だからこそ、私は貴方の傍にいて貴方を守らないといけない。それが理由よ」

 もちろん一緒に居たいからって言うのも嘘じゃないのよ?と付け足し彼女はニヤリと笑う。
 ニコリじゃなくて、とっても邪悪にニヤリング。

「貴方は立場的にも非常に微妙な位置に居るし、何よりその覇気の無さに『ついうっかり』死んでしまう可能性が非常に高いと見たわ」

 ついうっかりとは、全くもって僕という人間を舐め過ぎなようで、非常に的確に把握している様な気もしなくも無く。って言うか、気をつけていようが人間死ぬときは死ぬし、気をつけていなくても死なない時は死なないもんで。
 あー、でもこれまでの使途との戦いで僕の運って全部使い切ってそうだよなぁ。これ以上も無いくらいにマヌケな理由でアッサリ死にそうな気がするぞ、僕って。

「でもこの私が就寝中は言うに及ばず、トイレや入浴中もしっかり見張るのだから安心して良いわよ」
「寧ろ安心できないんですけど」
「大丈夫。ちょっぴり乙女の好奇心がドバドバ溢れまくった興味津々な視線に、四六時中気の休まる暇も無いくらいに晒されるだけだから気にしないで」
「イヤ、気にするってば、絶対」
「分ってる、分ってるのよ。世の中基本はギブ・アンド・テイク、見たら見せる、見せたら見る。大丈夫、安心して」

 だから逆に安心できんて。





 ベッドに寝転がり、シミ一つ無い天井を眺めながら今日一日を振り返る。先ず最初に朝食を食べてから海へ行き、その後砂浜で昼寝をした。次に目を覚ますと何故かそこは初号機のエントリープラグの中で、目の前に使途が居た。そこで変な女の子に出会い、その子が僕に代わって初号機を操り使途を倒した。その後回収された僕は、簡単な検査を受け、細かい話は後日という事でこのマンションに連れて来られ現在に至る。
 総括すると……、ワケワカリマセン。

「ああ、そう言えば大事な事を一つ聞き忘れてたよ」
「ん、何が?」
「名前だよ、君の名前」
「名前はまだ無い」

 あ、そうか。彼女には名前をつけてくれる親も居なければ、名前を呼び合うような相手も環境も無かったんだよなぁ。

「どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している」
漱石かよ!

 しかし、何処と無く合ってる風な気もしないでもなく。

「よし、じゃあ僕が守って貰う御礼として素敵な名前を君にプレゼントしよう」

 何時までも『君』って呼ぶのは不便だし、まさか初号機ちゃんと呼ぶワケにもいかんだろうしね。

「ホント?私に相応しいエレガントでミスティックな名前じゃなきゃイヤよ?」
「任せなさい。ジャニーズ事務所の社長ばりのネーミングセンスで、きっと素敵な名前を考えるから」
「じゃ、イラネ」
「ハハハ、遠慮しなくて良いって」
「遠慮じゃなくて拒絶よ!」

 はっはっは、本気で嫌がってるよ。流石ジャニーさんは偉大だなぁ。

「ジャニーさんは冗談として、名前の方はキチンと考えておくから安心したまえ」
「ん、変な名前だったら呪うわよ」
「わかった、わかった。そんじゃオヤスミ」
「オヤスミ……」


 今日と明日の間には長い期間が横たわっている。
 君がまだ元気なうちに早く処理することを学べ。

 昔の偉大なる詩人はこう仰られた。最もだと思う、僕も激しく同意いたします。ただ残念なのは、僕にはもう『元気』が無いということです。僕に出来る事と言えば、ただ、明日の平穏を願う事だけなんです。
 ヘタレでゴメンナサイ。


※注釈、または解説っぽい言い訳

ロメロスペシャル:獣神サンダーライガー等が得意とするプロレス技なのだが、大槻ケンヂ氏が『対戦相手との間に友情がないと成立しない技』と言う様に、普通に考えてあり得ない技。また、技が決まっている所を傍で見ていても『何処がどう痛いのか良く分からない』という疑問が沸く非常に奇妙な技。

リバース・ロメロ:ミル・マスカラスが多様したロメロスペシャルのリバース技。ロメロスペシャル以上に存在意義に疑問の沸く技。って言うかぶっちゃけ痛く無いでしょ? コレに限らずプロレス技には『効果が無い』とか『技をかけてる方が辛い』とかいう技が沢山あって微笑ましい。

碇シンジと一つになるなんて〜:『アンタが全部私のものにならないなら、私何もいらない』って台詞もあるし、原作にはアスカのシンジへの好意が伺える『要素』って結構散りばめられてますよね。逆はあんまり無いんだけど……。

スイミー:『良く食べるスイミ〜♪』というCMでお馴染みの魚のエサ、では無くてレオ・レオニー作の絵本より。小学校の国語の教科書にも載っていたので知名度は高い筈。

漱石かよ!:『吾輩(わがはい)は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している』って冒頭で始まるのは、有名な夏目漱石の著書『我輩は猫である』ですな。筆者は漱石どころか小説はあんまり読みませんが。

ジャニーズ事務所の社長:ジャニー喜多川ってお名前らしいです。因みに副社長はメリー喜多川。あの事務所のユニット名は社長直々に命名されるらしいです。嵐とか、嵐とか、嵐とか。

偉大なる詩人:ゲーテの格言の引用です。安直に聞きかじりの格言や名言を引用したがるのは人間としての底の浅さ故でしょうか? でも便利なのでSSなんぞ書こうと思う人は何冊かストックして置くと良いカモカモ。

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